海洋冒険小説
「Missing 3〜中年南海漂流記〜


運命の悪戯か?神の罰ゲームか?
南海の不思議な孤島に流れ着いた
3人の普通のおじさん達。
彼らが無人島生活で取り戻す
都会暮らしで失くした何かとは?

心が旅をする冒険ファンタジー

不定期連載中!
気の遠くなるほどの中断を経て、ついに帰還!

連載第26話“帰還”更新!


STAGE1 Back Number
タイトルをクリックすると、その物語のトップにジャンプします。
お好きなコンテンツをお楽しみ下さい!


「MELODY CALLING」 by 田村充義
バイト先のデパートで知り合った年上の女の子。
ケイタイのメロディーコールで彼女が僕に送るメッセージの意味は?
そして切ない二人の恋の行方は?

「1000億光年の彼方」 by 奥山六九
いつも通勤の電車の同じドアの前で見かける彼。
ひょんなことで始まった二人の淡い恋と突然の別れとは?

「友人28号」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。この短編の主人公は三谷の長男。
友達とただの知り合いの境界線ていったいなんなんだ?
考えてみよう。あなたの友人は、あなたを友人とみとめているのだろうか?

「最後の22分」 by ワダマサシ
もしもこの世があと22分間で終わってしまうとしたら、あなたは残された時をどう使うだろうか?
これは最期の時を友人と音楽を聴いて迎えた人たちの物語。

「過去との遭遇」 by 逢谷人
山手線の車内で遭遇したのは“二十歳の時の自分自身”だった。
思わず“オレ”は過去に話しかけてしまうが、その時ヤツが気づかせてくれたこととは?

「ナオミの夢」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。ソンポに勤めるオレは空気の読めないオトコと言われている。
言いたいヤツには、言わせておけばいいさ。だってオレにはナオミがいるんだもん。

「学校教育」 by 奥山六九
文部科学省に勤務するわたしがおおせつかったのは、新しい“教育唱歌”をつくることだった。
短い期間にそんな慣れない大役を果たす事が出来るのだろうか?そして…

「ルームメイト」 by 角森隆浩
オレはシドと呼ばれたかっただけさ。
隣に住む運命の人ナンシーなら、おれのパンクな気持ちをわかってくれるはず。
ネグラを奪われたオレはナンシーの部屋を訪ねるが…。

「潮騒のカセット(洋楽編)」 by 逢谷 人
「潮騒のカセット(邦楽編)」 by 逢谷 人
1985年夏−オレは彼女を誘い海岸まで車を飛ばした。
とっておきの音楽を詰め込んだ“潮騒のカセット”を用意して。

「赤いスイートピー」 by 逢谷 人



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2012年06月14日

ミッシング・スリー〜中年南海漂流記<26>

story by 逢谷 人



26.帰還

あなたは肉親や最愛の伴侶やペットの死を夢で擬似体験し、枕を濡らした経験があるだろうか?
夢の中の出来事であるにもかかわらず、「これが夢であってくれればいい」と願い続けた末に、自らのすすり泣く声に驚きはっとして目覚める。
恐ろしいほどリアルだった悲しみがただの幻に過ぎなかったと気づいた瞬間の安堵感は例えようもないほど大きく、失わずにすんだ大切な者たちへの深い愛情をあらためて思い知るのだ。
コンチキ2世号が海洋に聳え立つ黒雲に突っ込んだあと、オレはヘリコプターで体験した最初の突入の後と同じように確かに気を失っていた。
きっとこれは、パラレルワールド間を飛び越える際の神が用意した目隠しみたいなものなのだろう。
その間唯一憶えているのは、義父とその腕に抱えられた愛犬ネルソンが波間に消えていく姿と、在りし日の彼らとの思い出とを交互に頭に浮かべ、未練がましく泣き続けていたこと。
ただ呪文のように「これは夢だ!夢であってくれ!」と意識の奥でひたすら念じながら。
しかしその時間は拷問のように長く、例えて言うならば、この連載の呆れるような中断期間ぐらいは優にあるように感じられた。

夢幻の狭間をさまよい続け涙も枯れたころ、やっと我に還るのを許されたようだ。
どこかに置き忘れた己の身体の中に、魂がヒューっと吸い込まれるような摩訶不思議な感触。
同時に、再び生きているというリアルな感触を取り戻す。
ここはどこだ?仲間たちはどこだ?
目の前に玉手箱が置いてあって、それをあけたら老いぼれ爺に大変身という三流オチが待っているんじゃあるまいな。
そんなことを想像して娑婆の光の受け入れを躊躇う眼(まなこ)にカツを入れる。
――おお!
あにはからんや、薄く開けた瞼の隙間からボンヤリ垣間見えたのは、なんと“白いカモメが群れ翔ぶうらぶれた港”だった。
その日本的情緒溢れる光景に、心の奥から懐かしさがこみ上げる。
――娑婆だ!やれやれ助かった!…これはどこぞの漁師町にでも流れ着いたに違いない!
反射的に、なにやら固いのものの上に突っ伏したままの上半身を唸りながら引き起こそうと試みるが、どうにもこうにも身体が言うことをきかない。
これはつまり…運動神経よりも意識が先に目覚めてしまったと言う例のアレ、なんだっけ?そうそう、金縛り状態ってやつか?
経験上こんな時には、慌てずに五感が勢揃いするのをじっと待つしかない。
今すぐにでも己の、そして仲間たちの運命を知りたいくせに、「ここまで引っ張ったんだ結論を急いで何になる」と開き直り、思うに任せない瞳を閉じてやった。
――ん?なんだ?
瞼の裏の暗闇の中で、突如歌声が聴こえてきた。
天使のファルセットならまだしも、鼓膜はおろか三半規管にまでダメージを与えるような下卑た男の唸り節…まさか閻魔大王の呪い歌じゃあるまいな。
長い旅路の果てに大して上手くもない歌に迎えられるってのは、どんな悪事の報いなのか?
それにしても、これまで運命を共にしてきた仲間たち二人はどこに行った?!
――もう我慢できない!
オレは再び気合で瞳をこじ開ける。
すると、さっき見えていた群れ翔ぶ港のカモメ達は去り、今度は眼前に“荒波にもまれる漁船”が迫ってくるではないか。
「助けてくれ!またも嵐の海へ逆戻りかよ!」…と心で叫んだ刹那…「!?」
“沖には重い鉛雲 くるぞひと荒れ受けて立つ 命知らずのこの海じゃ 恋はよせよせ仇になる エンヤラヤーの我慢船…”
漁船の真下、砕ける波頭にかぶって見えた“おまじないのような文字列”の意味に気づくまでに、いったい何秒かかったことだろう。

ついに五感と娑婆の記憶の全てを取り戻したオレは、景色が低制作予算のイメージ映像で、文字列がド演歌の歌詞で、歌っているのが閻魔大王ではなく会社の元先輩の野々村さんで、ここが酸っぱい臭いの充満するいきつけの恵比寿のカラオケボックスで、いままで突っ伏していたのはパイプ足の安テーブルで、曲名が鳥羽一郎の「我慢船」であることに気づく。
てことは、ダンボは?フチフチは?
奥のソファーに腰掛け画面を惚(ほう)けた表情で見つめる二人を発見したオレは、歌い続ける野々村先輩を押しのけ、彼らの間に割り込んで座り直し、この場には全くそぐわない真剣な表情で訊ねた。「あ、あれは夢だったのか!?」
――オヤジゆずりのド根性 腹に納めて舵をとる エンヤラヤーの我慢船…――
野々村さんの上擦ったビブラートが邪魔をしたが、二人にオレの意図は伝わったようだ。
「いいや」同時に首を横に振った二人は異口同音に叫んだ。「夢なんかであるものか!」
「じゃあ、オレ達あそこから帰ってこれたんだな!」
「ああ、そうさ。これを見ろ」
そう言ってダンボはテーブルの陰に隠れていた己の下半身を指し示す。
「こ、腰蓑!!」
確かに“それ”を除けば娑婆にいたころのダンボと変わらぬ出で立ちではあったが、彼のアルマーニのデニムの上には、脱出の時に着用していた例のお手製の腰蓑が生乾きのまま巻きついていたのだ。
次の瞬間オレ達3人が、車座になって抱き合い、無事を喜びあったのは言うまでもない。
「我慢船」を歌いきった野々村さんはその光景を見て、自分の歌に感動したせいだと勘違いしていた。

それにしても、なぜ腰蓑だけが異次元を飛び越え現世にたどり着いたのか?
そして、われわれが漂着したのが、なぜ恵比寿のカラオケボックスだったのか?
帰ってきたのが、全ての出発点となった博多出張前日の夜だったのか?
そのあと歌うことは野々村さんに任せ、オレたちは一通りの謎解きをその場で試みた。
すぐにたどり着いた結論は、考えても「合理的な説明などつくはずもない」ということ。
島でお世話になった「宅配ボックス」の原理と同じだ。
でもそれが実際に起きてしまえば、数多(あまた)ある当たり前の事実の一つとして疑問など持たずに真っ直ぐに受け入れるしかない。
ニュートンが万有引力を発見するまで、リンゴの落下に疑問などもたなかった凡人のようにだ。
この漂流がわれわれに課された神の罰ゲームであると考える以外に、どんな納得が、どんな腑に落ち方が、あると言うのだ?
神業を科学的に論証しようなど、ミジンコが三匹集まってスカイツリーを設計して建造しようと試みるぐらい身の程知らずのことだとオレ達はとっくに知っていた。
つまり、野々村さんが出迎えるように歌っていた歌が「我慢船」であったことさえ、偉大な神の洒落た啓示に違いないのだ。
オレ達は、せめて島にいた1年弱が現実であったという確かな証をさらに探してみた。
鞄の中、ポケットの中、靴の中。
腰蓑以外の漂流の痕跡を探そうしてみたが、カラオケボックスの暗がりでは思うに任せなかい。
カラオケモニターは、次の曲「帰ってこいよ」のタイトルを映し出していた。
「そうだ!夢でないとしたら…。こ、こうしちゃいられない!」
オレは、太平洋の荒波の直中に残してきた義父と愛犬のことをハタと思い出し、早々に帰宅せねばならぬことに、ここでやっと気づいた。
いきなり血相を変えて出口に向かったオレを、野々村さんがしらけた顔で見たが、そんなことはお構いなしに振り返って言い放つ。
「オレ、家に帰らなくちゃ!」
訳を知る二人の仲間は、オレを後押しするようにウンウンと何度も頷いて送り出した。



冒険は続く…



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2012年02月13日

ミッシング・スリー〜中年南海漂流記<25>

story by 逢谷 人



25.突然の別れ

逆巻く荒波、叩きつける横殴りの風雨、迫り来る怪しい黒雲。
その直中でどんなに大声を出そうとも、それが波間でもがく愛犬に届くはずもない。
オレは、自分の身体に愛犬をくくりつけておかなかった自分の愚かさを心から呪った。
冷静に考えれば、木の葉の様に波に翻弄される筏の上で小柄なダックスが踏ん張り切れる筈もないのに。
「ネルソン!どこだ?ネルソン!」
大声で泣き叫び、その愛らしい姿を探し求めながら、なぜかオレはネルソンが初めて家にやってきた遠い日のことを考えていた。
そう、あれは今から10年も前のこと。
遅くまで飲み上げ午前様で帰った深夜、オレはリビングの床に置いてある見慣れぬダンボール箱に気がついた。
そっと中を覗き、刻んだ新聞紙のクッションにチョコンと座った手のひらに載るほどの子犬を見つけたのだ。「ほほう、息子の奴ついに犬、買ってもらったのか!」
ヤツはオレを首を傾けて見上げ、なんとかアピールしようとダンボールの壁をよじ登ろうともがいていた。
思わずこっちから抱きかかえてやると、ネルソンは初対面の挨拶代わりにオレの顔を舐めまわした。
その小さな身体からミルクのような香りが心地よく漂ってたっけ。
その日からほぼ毎日、オレはみんなが寝静まった深夜にヤツに愚痴を聞いてもらいながら晩酌をするようになった。
そうだ、あの頃のオレは、仕事の憂さを晴らせるあの癒やしの時間に、何度助けてもらったことだろう。
ネルソンの方も、家族の中から出資したカミさんでもなく買ってもらった息子でもなく、オレのことを“主人”に任免するまで、そう時間はかからなかった。
6才になった夏だったか、暑さに負け縁側の窓を少し開け放して寝てしまい、そこからヤツが逃げ出し、しばらく行方がわからなくなったことがあった。
オレは警察や、動物病院や、保健所にも手を回し、インターネットをも駆使し、半狂乱になって探し回ったっけ。
3日ほどしてヤツがひょっこり帰ってきた時は、どれほど嬉しかったことか。
そのネルソンが、今オレの目の前で嵐の海にさらわれてしまったのだ。
「ネルソン!どこだ?ネルソン!!」
異変に気づいた仲間たちも、一緒になって大声で叫ぶが、もうとっくに波に呑まれてしまったのか、愛犬の姿はどこにも見つからない。
そうこうしている間にも、筏はただならぬ妖気を湛えた黒雲にスルスルと飲み込まれようとしていた。
ここから先はこの世界と元の世界との分岐点、冷静に考えれば、諦める以外にもはや方法はなかった。
「ネルソン…。ご、ごめんな」
オレが口の中でそう呟き、拳で雨粒と一緒に溢れる涙を拭おうとした時だった。
「やめろ!万爺!」突然ダンボの叫び声が聞こえた。
顔を上げると、ネルソンを助けようと闇雲に荒海に飛び込もうとしている義父の姿が見えた。
いつ解いたのか、その身体にはもう命綱はついていなかった。
「お義父さん!」
その声に気づき、一瞬オレを振り返るといつもの優しい笑顔を見せたが、すぐ決意に満ちた真顔に戻ると、荒れ狂う海面をキっと睨みつける。
頭にくくりつけた自慢の鳥打ち帽をちょいと持ち上げてみせたのが、義父なりの別れの挨拶だったのだろうか。
「やめろ!!」
オレ達がその身体を確保する直前に、義父はあっけなく足からドボンと海に身を投げてしまった。
すぐにやってきた大波が、あっと言う間に義父を上から飲み込む。
「おとうさん…!」
オレは、義父を救おうと自分の腰に巻きつけた命綱を解き始めた。
「冷静になれ!」ダンボが取り乱すオレの前に立ちはだかり、頬にビンタを食らわす。「わーさんまで飛び込んでどうするんです!」
一瞬で正気を取り戻しへなへなと座り込んだオレが、未練がましく波間に目をやると、けなげにも荒海の中を顎を上げ犬掻きをしながら過酷な運命と闘い続けるネルソンの小さな頭が見えた。
「いた!」
すると、波に呑まれていた義父が筏とネルソンの丁度真ん中にプカっと浮き上がり、そのままネルソン目掛けて古式泳法の横泳ぎを始めたではないか。
「万爺だ!あそこ、あそこ!ネルソンの方に向かって泳いでる」
しかしその時、筏はもうほとんど黒雲の中にあった。
「お義父さん!ネルソン!!」
後を追おうと泣き叫びオレの身体は、二人の仲間が全力で押さえつけている。
「もう遅い!オレたちは絶対に元の世界に戻らなきゃならないんだ!忘れたのか?!」
ダンボの叱咤の声と自分の泣き声が、黒雲の中の“ゴゴー”と言う摩訶不思議な唸りにかき消されていった。
最後にオレが見た義父は、立派に確保したネルソンを胸に優しく抱え、こちらに向かっていつもの笑顔で小さく手を挙げていた。
「ご、ごめんなさい…」
懺悔の言葉を吐き出した次の瞬間、オレの五感は亜空間を支配する砂嵐のようなノイズに完璧に覆われていた。
そして、あの世界で記憶していることは、ここまでが全てとなったのだ。



冒険は続く…



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2012年01月22日

ミッシング・スリー〜中年南海漂流記<24>

story by 逢谷 人



24.魔のパーフェクト・ストーム

――ビューーー…!!
進行方向の視界の半分ほどを黒雲が覆うまでに接近すると、その中心に向かって吸い寄せられる大気の渦が、オレ達の大声の会話をも吹き飛ばす勢いになっていた。
黒雲の中心の辺りから、豪雨のカーテンとバチバチと火花のような稲光が突き出しているのが、舳先の義父のシルエットの向こうに見えていた。
「お義父さん、気をつけて!」
船尾から叫ぶオレの声は、果たして舳先に屁っぴり腰で立つ鳥打帽を紐で頭に括り付けた老人に届いているのだろうか?
吹き飛ばされそうになりながらも舳先にしがみつく義父は、「篆?ヌ邏ニ簔゛ニ?ぬくせるっつ!」と意味無し語を発して振り返り、手振りで舵取りの指示を飛ばす。
フチフチがその細い腰を必死の形相で抱きかかえ、やっとのことで筏につなぎ止めている。
乗組員の身体は命綱でそれぞれ筏に括り付けられてはいるが、荒海に落ちたらもう二度と自力で筏の上には戻れまい。
「わんわん!」ネルソンは、姿勢を低くして皆を励ますように筏のあちこちを這い回っている。
――ザザーー…!!
ちょっと前から勢いを増した横殴りの雨は、まるで落下の角度を変えた滝だ。
その滝は高波と手を組んで、容赦なくオレ達を筏から叩き落とそうと手ぐすねを引いているようだった。
さすがに恐怖を感じたのか、オレの足元のカゴに逃げ込んだネルソンが、不安げな顔でオレを見上げ、「クーン、クーン」と二回拗ねたような声を出した。
「よしよし!もうすぐ帰れるからな」オレはそれに応え、愛犬の喉を優しく揉み上げ励ます。
ネルソンは落ち着きを取り戻し、オレの手をペロペロと舐めて応じた。
「いいか、お前はここにいろ。おとなしくしているんだぞ」
オレは愛犬を入れたカゴに脱いだ上着をかけ、優しく諭した。

――ビュー、ズザザザー!
一陣の突風が帆を叩き、大きな音を立てた。
顔を上げ仲間の様子を伺うと、狭いデッキの中央で艫綱を握りしめるダンボが、黒雲への突入成功を確信したのか、振り返ってしっかりと頷いた。
確かに筏は蟻地獄に足を踏み入れた蟻のように、もう操船しなくても運命の黒雲に導かれているようだった。
このまま荒波にさえ耐え抜けば、あと2〜3分の後に黒雲の直中に吸い込まれることだろう。
皆は自然に筏の中央に集まり、その時が来るのをひたすら待った。
「もう少しだ!」
「振り落とされるんじゃないぞ!」
「やっと帰れる…」
大声でお互いに励まし合いながら、オレ達はその瞬間の来るのをじっと待ち構える。
そう言えば、あの日ヘリでこの闇に突っ込んでいった瞬間も、まな板の上の鯉のように、どうにでもなれと言う気持ちになったことを思い出す。
ドーパミンが大量に脳に放出されたせいか、苦しみも痛みも感じないまま、気が付けば視界が砂嵐のような闇に全て閉ざされ、スーッと気を失ったように何も感じなくなったんだっけ。
そうか…あれは、やっぱり本当に「死」だったのかもしれない。
そう感じた瞬間だった。
「あれを見ろ!」ダンボが立ち上がり腕を伸ばした。

右舷の方向から、今までで一番巨大な波が接近して来るのがオレの視界の隅に入る。
「あれが横腹にぶち当たったら一たまりもない…!」オレの目が、悪魔のような大波に釘付けになる。
高さは、軽くコンチキ2世号のマストを越えているだろう。
「高い、それにメチャ速い…」
誰の目にも、黒雲に突入する前に波が襲いかかってくるのは明らかだった。
「万事休すか…」
「せっかく、ここまで来たのに…!」
どうしようもない諦めの気持ちで脱力しそうなオレ達に、突如立ち上がった義父が叫んだ。「ぬもっせろんぞ!面舵いっぱい!」
なんだって?!向かってくるあの大波に向かい舵を取れと?「そうか!」
オレは、映画「パーフェクト・ストーム」のクライマックス・シーンを思い出していた。
無理と分かっていても、波をやり過ごすには真っ直ぐに立ち向かうしかない。――それは、操船訓練の中盤で義父が皆に教えたことでもあった。
「よっしゃ!」
どうせ死ぬなら。――潔い気持ちが魂の底から沸き上がり、オレ達三人は持ち場に戻り、再び巨大な困難に向けて一気に舵を取った。
――ゴゴオ…。
迫り来る最後の難関は、まだ筏の右斜め前方にあった。
「もも久慈!むぬうせろ!ニ簔ニ簔!」義父が叫ぶ。
「つまり、面舵だ!面舵いっぱい!」フチフチが翻訳する。
――ズザザザ!
「やばい!」オレは固く目を閉じて身構えた。
本当にギリギリのタイミングで巨大な波とやっとのことで正対したコンチキ2世号は、波の急な斜面をノロノロと登っていく。
「頑張れ!」
停れば、真っ逆さまに落下…。
エンジン無しの筏で、この坂を登れるわけがない。――全員そう気づいてはいるが、他に為す術もない。
「お願い!」ダンボが胸の前で手を合せ祈る。
「たのむ、もうちょっとだ!」ザンバラ髪を頭に貼り付けたフチフチが、いったん白目を剥いてから瞳を閉じた。
――ビュー!!
力尽きもんどり打って転覆する寸前に、神風のような一陣の突風が帆を一杯に膨らませると、コンチキ2世号は奇跡的に波頭の向こうに着地した。――ザッパーン!
「やった!やった!」オレは、ヘナヘナとデッキに腰を抜かしていた。
「まだ油断するな。今度は取舵一杯!」義父のハナモゲラ語をフチフチが通訳し、直ちに伝達する。
「了解!」迫ってきた黒雲に向け舵を取り直し、その中心を睨みつけるオレ。「本懐を遂げるまではぬかってたまるものか!」

現世への唯一の関門である黒雲は、もう目と鼻の先にあった。
あと30秒ほど後には、筏はあの中に入るはずだ。
突入を前に、全員の状態を確認すべく、オレは船尾を離れ、木の葉のように揺れる筏の上を順に見て回った。
落ち着き払った様子の義父は、デッキに腰を下ろし鳥打帽を更に深くかぶり直し、なぜか意味深な表情でオレに頷いた。
すぐそばで進行方向を注意深く修正するフチフチは、潮風に持っていかれそうな頭髪を手櫛で整えながらお茶目にガッツポーズをした。
マストの横に立つダンボは、まだ友綱を握り締め、最後まで気を抜かない姿勢で行く手を睨みつけていたが、オレがその肩に手を置くと人懐っこい顔で微笑んでみせた。
「よし!」
十数秒後の黒雲突入を前に、抜かりのないことを確認し終わると、オレは船尾の操舵席に戻り、さっきから落ち着きのなかったネルソンを安心させるため、カゴの中に手を差し入れた。
「!!」
息が止まるかと思った。
カゴの中には濡れた藁があるだけで、愛犬の姿はもうそこにはなかった。
「ネルソン!!」オレの声は明らかに上ずっていた。「大変だ!ネルソンがいない!きっと、あの高波を登る時に転げ落ちたんだ!」
オレの声に驚き、仲間たちが一斉に立ち上がった。「なんだって!?」
あの時のように、視界がもうすでに歪んで見える。
それは、溢れてくる涙のせいだけではなかった。
筏はもうすでに黒雲の端に差し掛かっていたのだ。
「ネルソン!」


冒険は続く…



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2011年12月03日

ミッシング・スリー〜中年南海漂流記<23>

story by 逢谷 人



23.生還への決意

珊瑚礁のテトラポットに守られたコバルト色のガラスの表面ような内海を、滑るように毅然と進むコンチキ2世号。
風はそれほど強くないのに沖に向かいすいすい引き寄せられるのは、強力な引き潮と抗いようのない運命の手助けなのだろう。
振り返って見納める渋谷島のふたコブの稜線が、幼少時に見たNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」を思い出させる。
たしかあの物語は、作者の井上ひさしが死者の世界を描いたものだったんだっけ。
後に種明かしされた子供人形劇らしからぬシュールな設定の衝撃が頭を過ぎり、オレは自分も既にこの世にはいない可能性を想像し、思わず手のひらを太陽に翳してみた。
あの日嵐の中で墜落したヘリコプターもろともとっくに海の藻屑となっているのに気づいていない中年男の手にしては赤い血の気がたっぷり透けて、現世への意欲と未練に溢れていた。
「ふん!死んでいても生きていても、オレには関係ないことさ…」屁理屈のような強がりを、青空の中にぽつりと吐き出す。
「なんか言いました?」ダンボがオレの横顔に訊ねた。
「え?いやさ、オレ達、もうとっくに死んじまっているんじゃないかって…ちょいと想像してみたのさ」
「とっに死んでる?まさか」表面楽天家のダンボが笑い飛ばす。「ははは、ばかばかしい!」
「なるほどね。元いた世界と別の次元の世界にいるんだから、娑婆の人から見れば死んでるのと同じことなのかもしれませんね」死生観評論についてもウンチクを垂れるのが好きなフチフチがオレの妄想の方にすんなり同意し、決意に満ちた自説を付け足した。「いいじゃないですか。死んでいるんなら、何も恐ることはない。黒雲の中に意気揚々と突っ込んでやりましょう!」
――そうか!!事実上、これは再び“あの時の生” を取り戻すための冒険なのだ。
オレは今更ながら“生還”へ突き進むわれわれの航海の本質を思い知る。
ごく自然にオレ達三人は顔を見合わせ、お互いの手を握りあった。
その様子を義父とネルソンが罪の無い子供のような瞳で首をかしげじっと眺めていた。
「こっちへ!」
オレ達は義父と愛犬を決意の輪に加わらせ、しばらくの間そのまま一塊りになって抱き合っていた。
気が済むまでお互いがしっかり通じ合っていることを確認し瞳に溢れてきた涙を拳で拭うと、オレ達はさっと持ち場に戻り決意の表情で黙りこんだ。

リーフの淵を超えると、海の色が線を引いたように濃いブルーグリーンに変わる。
船の横をピョンピョン跳ねながら伴走するトビウオの群れが、ここが外洋であることを教えていた。
同時に背後の渋谷島の輪郭は、すでの夢の中の記憶のように儚い緑の陽炎となっていた。
今までの訓練では、一番遠くてもここまでで引き返したものだったが、今日はそんなことは出来ない。
義父が、「いいのか?」とでも言いたげな表情で、オレを正面から見た。
オレは黙って頷き返し、進行方向に手を伸ばしそれに応えた。
義父はあの頼もしいキャプテンの表情を纏い、マストに手をかけエイヤっと立ち上がった。
もはや戻るところのない心細さと義父の後ろ姿が、前掛かりの気持ちに両方向から火をつける。
「ワンワンワン!」オレの気持ちが通じたのかネルソンが、今までで一番勇ましい声で遠吠えた。「ワオーーーン!」
吹っ切れたような表情でそれを聴く仲間達を見ていると、死など恐るるに足りずと言う気持ちが膨らんできた。
前進!ただただ、前進あるのみ!

「来た!」
額に手をかざし舳先に立つ水先案内役のフチフチの叫び声が、潮風を受けボーっと鳴り続ける耳の中に突如響いた。
顔を上げ目を細めて見ると、水平線の彼方に黒いシミのような怪しい雲が顔をのぞかせていた。
発見の声を待っていたかのように、それまで優しく凪いでいた海が俄に波立ち、頬を撫でていた潮風が勢いを増す。
「縺ク縲・瑕局!帆穂帆ほほほ!」義父がいきなりシャンと立ち上がると、帆を引き上げる綱をたぐり寄せヒロミ・ゴーのように叫んだ。「後、語、御――GO!!」
オレ達3人は縄に飛びつき、義父の風を捕まえるタイミングの指示をじっと待つ。
――ビュー!!
「挙、挙、挙、帆――帆、欠挙!!」義父が今度はウグイスのような文字化け語で叫んだ。
風を孕んだ帆が海の女神の豊かな胸元のような曲線を描きコンチキ2世号を運命へと加速させる。
「面舵いっぱい!」叫ぶフチフチ。
「しっかり舵を取って!」帆を操るダンボが、操舵係のオレにハッパをかける。
「任せとけって!」
――スー、ザザザ、スー!
波頭が白くなり始めた海面を叩きながら、みんなの心をひとつに受け止めた筏は真っ直ぐに黒雲めがけ進み始めた。
あの不気味な暗闇の中にあるのは、天国への扉か?はたまた地獄への階段か?
オレはそのどちらでもなく現世への虹の懸け橋があの向こうに見えることを信じ、次第に高くなる波涛に躊躇なく筏をぶつけていた。
「待ってろ、必ず帰ってやる!」


冒険は続く…



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2011年11月14日

ミッシング・スリー〜中年南海漂流記<22>

story by 逢谷 人



22. さらば渋谷島!

特別な朝が、水平線の向こうに普段と何も変わらぬ様子でジリジリと近づいていた。
一番に目覚めたオレは、この島で最後の満天の星空をしっかり見ておかなかったことを少し後悔し表に出た。
いつもの習慣で宅配ボックスの確認にスカイツリーに登りそこから南の空を見上げる。
案の定、星たちはすでにフェイドアウトの途中で、代わりに輪郭を現した白雲群が、ここにやって来た日とほとんど同じ配列のまま並んでいた。
もしかしたらこの空間そのものが映画のセットで、海の果ても空の果ても誰かが描いた書き割りだったりして…。
オレはジム・キャリーの映画「トゥルーマン・ショー」のチープなオチを思い出し、目を細めて空を観察した。
しかし、いつまでたっても照明ライトが落ちて来たりはしなかった。
映画よりもずっと馬鹿げてはいるが、どうやらこれはそれなりに現実そのものなのだ
「早起きでんな」ダンボが田吾作小屋の扉から顔を出し、オレに声をかけた。「そんなとこで空なんて見上げちゃって、どうしました?」
「今日ぐらい、感傷に浸ってもいいと思ってさ」
「きっとうまくいきますって!」
ポジティブなのはオレも負けないが、今回に限っては自分を納得させるのは簡単ではなかった。「だといいんだけど」
現世への帰還か、死か。
中途で断念し再びここに尻尾を巻いて退散することは、はなから全員の選択肢に入っていない。
残る二択のオッズは、どうみても圧倒的に分が悪いと思われたが、もう気持ちは決まっている。
奇跡の確立でここにやって来たのだから、また奇跡を信じてなにが悪い。
そう信じる者しか救われないのだ。

帰還に備え、全員が正装に(と言っても限界はあるが)着替え、慌ただしく食卓を囲む。
義父は、あらたまった気配に勘づいたのか、早くも鳥打帽を深くかぶっている。
オレ達3人は、ゲンを担ぎここに流れ着いた時の服を纏い、そのくたびれ具合をお互いに眺め合い感無量で向き合った。
ココナツミルクとフルーツの食卓を前に、元気なのは義父とネルソンだけ。
彼らは、これから立ち向かう危険の大きさを何も理解していないのだろう。
そもそも死そのものが何たるかを知らないと言うのは幸せなことだと、オレはまず羨ましく感じ、すぐに思い直す。
待てよ、死の本当の意味を知らぬのは誰も同じではないか。
オレだって、知らないからこそひたすら恐れているのだ。
もしかしたら、悠然と構える義父とネルソンの方が本能で「死など恐るるに足りず」と真実を達観しているのかもしれない。
「なにボーっとしてるんです?」フチフチがオレの妄想を断ち切った。「とっとと最後の打ち合わせをしましょう」
あと30分で始まる引き潮に乗り、出来るだけ沖に出てから海風を捕まえ、やがて現れるはずの黒雲に迫る。
フチフチが段取りを読み上げるまでもなく、たったそれだけの事なのだが、途方もないチャレンジであることは間違いない。
義父にもこれから成すことの意味をもう一度噛んで含めるように伝えるが、屈託の無い笑顔を返すばかりで、糠に釘、暖簾に腕押しの手応え。
「大丈夫かなあ…」思わずつぶやくオレ。
「問題ないですよ。いつも期待を裏切ってくれるのが、万爺のスゴイところ。もちろん、いい意味でね!」ダンボが義父の肩に手を置いた。
「わんわぉ〜ん!」ネルソンが同意の気持ちを大声で伝えた。
ごく自然に不思議な爆笑の渦が巻き起こり、その中心から希望の光が溢れた気がした。
「さあ、行こう!」オレが吹っ切れたようにテーブルを立つと、皆も自然にそれに続いた。

快晴、微風、雲もまばら。
太陽が東の海からとっくに顔を出し、運命の一日の始まりをさりげなく告げていた。
絶好のコンディションの波打ち際にコンチキ2世号を浮かべると、演習でしてきたように、オレ達はまず義父とネルソンを担いで乗船させ、そのまま泳いで筏を沖に推し進めてから、順に船上の人となった。
振り返って眺める渋谷島は、朝陽を浴びて鮮やかな陰影を見せていた。
「さらば、渋谷島!」オレは今まで自分たちを生かしてくれた救命ボートのような小さな島に潔く別れを告げた。
「いままで、ありがとう」ダンボとフチフチが口を揃えて、島に感謝の意を示した。
海岸に斜めに生えた椰子の幹から飛び立った極楽鳥が「ギエー!」と一声別れの挨拶を返したのを合図に、オレ達の帰還への航海がスタートした。
「さあ、いくぜ!」
「おう!」


冒険は続く…



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posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 12:37| Comment(0) | 海洋冒険小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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